大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

中野簡易裁判所 昭和38年(ハ)39号 判決

原告(反訴被告) 山本雪江

原告(反訴被告) 吉田勤

右両名訴訟代理人弁護士 成毛由和

被告(反訴原告) 岡部ソト

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

同 片桐真二

主文

一、原告等が東京都中野区神明町八番の六宅地九坪八勺につき通行地役権を有することを確認する。

二、被告は原告山本に対し前項の土地につき昭和二四年五月一三日通行地役権設定契約にもとずく(一)要役地東京都中野区神明町八番の一五宅地二八坪、(二)目的通行のため、を内容とする地役権設定登記手続をせよ。

三、被告は原告吉田に対し第一項の土地につき昭和三四年一月一三日通行地役権設定契約にもとずく(一)要役地東京都中野区神明町八番の一七宅地九坪、(二)目的通行のため、を内容とする地役権設定登記手続をせよ。

四、被告は第一項の土地につき原告等の通行を妨害してはならず、また右土地の上に建築物を築造しまたは擁壁を設置してはならない。

五、原告等のその余の請求ならびに反訴原告の請求を棄却する。

六、訴訟費用は本訴および反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告等(反訴被告等)

本訴として、「一、東京都中野区神明町八番の六宅地九坪八勺(以下本件土地という)につき原告等が通行地役権を有することを確認する。被告は二、原告山本に対し本件土地につき昭和三四年五月一三日通行地役権の時効取得により東京法務局中野出張所昭和三七年一一月二七日受付第二〇三二五号地役権設定仮登記にもとずく本登記手続をせよ。三、原告吉田に対し本件土地につき昭和三四年一二月一日通行地役権の時効取得により(一)要役地東京都中野区神明町八番の一七宅地九坪、(二)目的通行のため、を内容とする地役権設定登記手続をせよ。四、被告は本件土地について原告等の通行使用を妨害してはならない。五、被告は本件土地の上に建築物を築造しまたは擁壁を設置してはならない。六、訴訟費用は被告の負担とする」との判決、選択的(二、三につき)に「一、被告は原告山本に対し主文第一項の土地につき昭和二四年五月一三日通行地役権設定契約にもとずく(一)要役地東京都中野区神明町八番の一五宅地二八坪、(二)目的通行のため、を内容とする地役権設定登記手続をせよ。二、被告は原告吉田に対し主文第一項の土地につき昭和二四年一二月一日通行地役権設定契約にもとずく(一)要役地東京都中野区神明町八番の一七宅地九坪、(二)目的通行のため、を内容とする地役権設定登記手続をせよ。三、被告は主文第一項の土地の上に建築物を築造し、または擁壁を設置してはならない。」との判決を求め、反訴につき「反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする」との判決を求めた。

二、被告(反訴原告)

本訴につき「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、反訴として「反訴被告等は主文第一項の土地につき地役権を有しないことを確認する。反訴被告等は右土地を使用してはならない。反訴被告山本は反訴原告に対し別紙目録表示の土地につき東京法務局中野出張所昭和三七年一一月二七日受付第二〇三二五号をもつてなされた地役権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は反訴被告等の負担とする」との判決を求めた。

第二、本訴の請求原因ならびに反訴の答弁

1  原告(反訴被告、以下原告という)山本は東京都中野区神明町八番の一五宅地二八坪を、原告吉田は同所同番の一七宅地九坪を、それぞれ所有し、各所有地上に建物を所有して居住し、通行地役権にもとずいて被告(反訴原告、以下被告という)所有の本件土地を通行使用している。通行地役権成立の経緯は次のとおりである。

2  本件土地および同所同番の一一ないし一七の土地(別紙図面朱色表示部分)は、もと訴外小熊佐五郎所有の同番の六の一筆の土地であつたが、同訴外人は終戦後これを逐次同番の一一ないし一七の順序で分筆し他に譲渡していつたが、その結果同番の一四ないし一七の土地が袋地となるので、中央に幅四米、長さ一九米の私道すなわち本件土地を残すことにし、各分筆地の譲受人のため通行地役権を設定し、譲受人においてこれを承諾し各分筆地を要役地、本件土地を承役地とする通行地役権を取得した。

3  原告山本は昭和二四年五月一三日右訴外人から同番の一五宅地の分譲を受け、通行地役権を取得し、本件土地に建築線を引くことにより建築基準法第四二条による道路位置の指定を受け、右宅地上に家屋を建築し、以来同家屋に居住して本件土地を道路として使用している。

4  仮りに、そうでないとしても、原告山本は当初から平穏公然、善意に継続して自己のためにする意思をもつて通行地役権を行使してきたので、昭和三四年五月一三日本件土地につき通行地役権を取得した。

5  原告吉田はその父訴外吉田五郎松において昭和二四年一一月右訴外人から同番の一七宅地および同地上の建物を買い受け、黙示的に通行地役権を取得したところ、父の死亡によりこれを相続した。

6  仮りに、そうでないとしても、原告吉田は右訴外人において当初から平穏、公然、善意に継続して自己のためにする意思をもつて通行地役権を行使したところ、その死後その占有状態を承継するとともに自らも継続して同内容の通行地役権を行使してきたので、昭和三四年一二月一日本件土地につき通行地役権を取得した。

7  仮りに、そうでないとしても、原告等の各所有地は本件土地に囲繞され公道に通じていないので、原告等は本件土地につき囲繞地通行権を有する。

8  仮りに、そうでないとしても、原告山本は昭和二四年五月一三日訴外小熊から八番の一五宅地を買い受ける際、本件土地を賃借し、また原告吉田の先代訴外吉田五郎松は昭和二四年一一月訴外小熊から同番の一七宅地を買い受ける際本件土地を賃借したところ、原告吉田は相続により賃借権を承継した。被告は右賃借権の存在を知りながら本件土地を取得したので、賃貸人の地位を当然承継した。従つて原告等は賃借権にもとずき本件土地を通行しうる。

9  仮りに、そうでないとしても、被告は原告等が本件土地を通行していたことを知りながら同土地を買い受け、しかも原告等の通行使用を認めたのであるから、原告等と被告との間には使用貸借契約が締結されたものとみるべきである。

10  仮りに、そうでないとしても、本件土地は建築基準法第四二条にいう道路であつて同法第四四条第一項により何人といえども同地上に建築物を築造し、または擁壁を設置することはできない。従つて右禁止に関して重大な利害関係を有する原告等は被告に対し条理上私法上の禁止請求権を有する。

11  仮りに、そうでないとしても、被告が原告等の本件土地の通行を拒否するのは権利乱用である。すなわち原告等は本件土地の通行を拒否されるときは、日常公道への通行に不便な上、不慮の災害発生した場合生命身体の危険を生ずるばかりでなく、各所有家屋の増改築も不能になる。これに反し被告は本件土地を道路として相応の価額で買い受けたのであるから、原告等の通行を許容しても何等の損害を生じない。

12  しかるに被告は昭和三三年一二月一九日本件土地の所有権を取得したが、原告等の通行地役権を無視し、本件土地と原告等の各所有地との間にコンクリート塀を設けることを計画し、原告等の通行使用を妨害しようとしている。

13  よつて原告等は被告に対し申立の趣旨の判決を求める。

第三、本訴に対する答弁ならびに反訴の請求原因

1  本訴の請求原因事実中、1は原告等の通行地役権を否認し、その余を認める。2は訴外小熊が土地譲受人のため各分筆地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権を設定し、譲受人がこれを承諾して右権利を取得したことを否認し、その余を認める。3は通行地役権の取得を否認し、その余を認める。4ないし6は否認する。7は被告が本件土地の所有権を取得したことを認め、その余は争う。8以下は争う。

2  原告等所有の同番の一五および一七の各土地の西側は現在新たにできた公道(別紙図面青斜線表示部分(以下新道という))に面接しているので、原告等は従来の公道にいたるため本件土地を通行する必要はなく、原告等の本件土地の通行は被告の放任行為によるにすぎない。すなわち右新道はもと下水溝であつて、原告等は本件土地を通行する以外に公道に達する手段がなかつたので、被告は囲繞地通行権を尊重する意味もあつて、原告等の本件土地の通行を放任していたが、右下水溝は東京都において昭和三七年一〇月頃埋め立てて公道になつたものである。

3  地役権は継続かつ表現のものに限り時効により取得しうるところ、通行地役権は法律上不継続の性質を有するから原告等の時効取得の主張は失当である。

4  仮りに、そうでないとしても、原告山本と訴外小熊との間には地役権設定契約がなされた事実はないから、同原告は善意であるはずはなく、時効期間は二〇年である。また原告吉田所有の八番の一七の土地は、被告がこれを昭和三三年一二月一九日訴外小熊佐吉外七名から買い受け、翌年一月一三日同原告に転売したものであつて、その際同原告と被告との間には地役権設定契約がなされた事実はなく、従つて時効期間の起算点は右の昭和三四年一月一三日である。従つて原告等主張の取得時効は完成していない。

5  仮りに、そうでないとしても、原告等が地役権の時効取得を第三者である被告に対抗し得るためには登記を要するところ、登記を欠くから、所有権取得登記を経た被告に対し時効取得を主張し得ない。被告に対し時効取得を主張するには被告の取得登記後二〇年を経過することを要する。

6  以上の次第で、原告等は被告に対し通行地役権を有しないにもかかわらず、これありとして争い、本件土地を使用し、しかも原告山本は本件土地につき東京法務局中野出張所昭和三七年一一月二七日受付第二〇三二五号をもつて地役権設定仮登記をした。

よつて被告は原告等に対し反訴申立の趣旨の判決を求める。

第四、被告の主張に対する原告等の認否

被告の主張事実中、原告等の各所有地の西側が現在新道に面接していること、右新道は元下水溝であつたものを昭和三七年一〇月頃東京都において埋め立てたこと、被告主張の仮登記をしたことは認める。新道が公道であることは不知。その余の原告等の主張に反する点は否認する。

第五、証拠≪省略≫

理由

第一、本訴について

本訴の請求原因事実については、通行地役権の設定、取得の点を除いて、当事者間争いがない。

そこでまず原告等主張の通行地役権設定契約の点について考察する。

およそ土地の所有者が公道に面する一筆の土地を分割して宅地として分譲し、被分譲地のため公道にいたる通路を設けた場合には、右通路以外に公道にいたるべき通路がなく、他に特別の事情のない限り、分譲者は分譲の際被分譲者との間に分譲地を要役地とし通路地を承役地とする通行地役権設定契約を黙示的に締結したものと解すべく、さらにその後被分譲者の一人が通路地を買い受けたが、被分譲地の一部を他に宅地として転売した場合には、右と同様特段の事情のない限り、その際転得者との間に転売地を要役地とし通路地を承役地とする通行地役権設定契約を黙示的に締結したものと解するのが相当である。これを本件の場合について見ると、本件土地および同所同番の一一ないし一七の土地は、もと訴外小熊佐五郎所有の同番の六の一筆の土地であつたが、同訴外人は終戦後これを逐次同番の一一ないし一七の順序で分筆し他に譲渡したところ、その結果同番の一四ないし一七の土地が袋地となるので、中央に幅四米、長さ一九米の通路すなわち本件土地を残したことは、当事者間争いのないところであつて、≪証拠省略≫を総合すれば、訴外小熊は昭和二四年五月一三日原告山本に対し八番の一五土地を宅地として分譲したこと。訴外小熊佐吉外七名は昭和二六年一二月一七日相続により同番の一七土地および本件土地の所有権を取得したが、昭和三三年一二月一九日これらを被告に宅地として分譲し、被告はさらに昭和三四年一月一三日原告吉田に同番の一七土地のみを宅地として転売したこと。分譲前の八番の六の一筆の土地は北側公道に面していたが、分譲の結果同番の一五および一七の土地から公道にいたるには本件土地以外に通路がないので、原告等はそれぞれ土地取得以来本件土地を通行の用に供してきたこと。以上の事情を肯認することができる。右認定に反する証拠はない。そうとすれば、本件土地はまず昭和二四年五月一三日当時の所有者訴外小熊においてこれを承役地とし原告山本所有の八番の一五土地を要役地とし、期間および地代の定めなく、同原告との間に黙示的に通行地役権設定契約をしたものというべく、次にもと八番の六土地から分割された同番の一七土地とともに本件土地をも譲り受けた被告は昭和三四年一月一三日同番の一七土地のみを原告吉田に転売した際同土地を要役地とし本件土地を承役地とし、期間および地代の定めなく、同原告との間に黙示的に通行地役権設定契約をしたものというべく、従つて被告は原告等に対し右内容の通行地役権設定登記手続をなすべき義務がある。

被告は、原告等の各所有地の西側には新道があるので本件土地を通行する必要がなく、原告等の本件土地の通行は被告の放任行為によるにすぎない旨主張するが、原告等本人の各尋問結果および検証の結果によれば、被告主張の新道が公道であるか否かはともかく、その状況たるや極めて狭長であつて道路として不適当であるばかりでなく、以前下水溝であつたものを昭和三七年頃東京都において道路に改成した事実を窺知しうるから被告の右主張をもつてしても一たん成立した原告等の通行地役権の消長を左右するにたらないというべきである。(なお、原告等主張の通行地役権の時効取得の点については判断を加える必要がなく、従つてその点を前提とする被告の抗弁についても勿論言及の限りでない)。

被告は原告等の通行地役権を否認し、新道を通行すべきことを主張していること、そして検証の結果によれば、被告は本件土地の入口を拒する位置を占めていることが認められるので、被告において今後本件土地に建造物を築造し、または擁壁を設置し、原告等の通行地役権の行使を妨げる所為に出るおそれはあるものと考えられる。

第二、反訴について

≪証拠省略≫によれば、被告主張の仮登記あることは明らかであるが、本訴についての判断によつて反訴請求は理由がないというべきである。

第三、結び

よつて原告等の本訴請求は右認定の限度で正当として認容しその余の請求ならびに被告の反訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田向年雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例